ルノルマンカードのリーディング、講座専門のホームページ「ルノルマンスクール」ができました!


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マリ―アン アレデイド ルノルマンのサイン
マリ―アン アレデイド ルノルマンのサイン

コズミックダンスカンパニーが行っている「ルノルマンスクール」では、マドモアゼル ルノルマンのリーディング方法にちなんで、ピケをもとにしたフランス式トランプを、復刻版プチ・ジューの「希望のゲーム」=ルノルマンカードの図柄に描かれたシンボルに忠実なオリジナルカード「ルノルマン・トランプ」を作成し、受講生の皆さまや、ルノルマンカード・ファンの方たちに使っていただいています。

白地のカードが、36枚のカードすべてを使う展開「グランタブロー」を明るくし、オラクルカードにありがちな「怖さ」のない楽し気なものになっています。


Les oracles sibyllins; ou, La suite des Souvenirs prophétiques. By Marie-Anne Adélaïde Lenormand (1817)より

ヴェルサイユ宮殿
ヴェルサイユ宮殿

俄かに話題になりはじめた、ルノルマンカードは

フランス革命の時代に、パリのサンジェルマン デ プレ近くRue de Tournon,のサロンや、ヴェルサイユ宮殿の中で、時の主役たちの運命をリーディングした、驚異のカードリーダー・マドモアゼル・ルノルマンにちなんでつくられたカードだとされています。

しかし、

 まだまだ情報が少ない理由はいったいどこにあるのでしょうか?

JUJUは、次の3つが大きな理由ではないかと思っています。

 

その1

ルノルマンの著書がフランス語で書かれており、最初に印刷されたカードはドイツで出されている点等言葉の壁があること。

 

その2

ルノルマンカードは、マドモアゼル ルノルマンが使っていたカードではないので、正しいリーディングそのものが存在しないこと。

 

その3

マドモアゼル ルノルマンとは、本当に優れたサイキックだったのか?が、謎だということ。

 

 

マドモアゼル ルノルマン
マドモアゼル ルノルマン

■1768年5月27日生まれ

(誕生年を1772年と偽っていた時期がありますが、後年、1768年生まれだと訂正されました。)

 

■1843年6月25日没 享年75歳

ペレラシェール墓地の3ディビジョンに埋葬されています。

今もなお、お花を供えたりリーディングカードを備えるファンが絶えないようです。

 

ノルマンディのアレンコンにて、父ジャン ルイ アントンと、母マリーアンの間に生まれました。

両親を亡くしたマリーアン アレデイド ルノルマン(以下、マドモアゼル ルノルマン)は、パリに出てお針子などとして働き、その後、ロンドンに25歳(1793年ごろ)になるまで住んでいたと言われています。

 

または、パリのパン屋と結婚し、そこでカードの読み方を習ったとする人もいます。

 

さまざまな説があるので、真実はベールに包まれていますが、カードリーダーの真実はカードに聞くべし!と、真新しいトランプを使ってマドモアゼル ルノルマンとはどんな人だったのかをリーディングしてみました。

 

その結果、彼女は子供のころからサイキックだったと暗示されるダイヤの10が出てきました。

 

ご興味のある方は、こちらをご覧になって下さい。

 

 

ペール・ラシェーズ墓地 (ペール・ラシェーズぼち、Cimetière du Père-Lachaise) は、フランスのパリ東部にある墓地。エディット・ピアフ、ショパン、ビゼー、ポール・デュカス、プルースト、マリア・カラス、モディリアーニ等の世界的な著名人の墓が多くあることで知られている。

彼女の霊は墓地でたびたび目撃され、「ペールラシェーズの精霊」とも呼ばれているそうです。

 

写真は2016年の第2回パリ・ルノルマンツアーでルノルマンのお墓を訪れたルノルマンカードリーダーたち。


ルノルマン カードは、彼女の存命時には存在しませんでした。

しかし、彼女の名前に縁を得るためか、ドイツのデザイナーが最初のプレイカードとして、ルノルマンカードを作ったと言われています。

 

しかし、ある文献には、ルノルマンの没後、彼女の財産を受け継いだ甥(妹の子供)が、彼女の部屋の中から36枚のカードセットを見つけたという記載もあります。

 

どちらが本当かは、今現在ではわかりません。

 

グランタブローと呼ばれる52枚組のルノルマンカードは、ルノルマンが変装して彼女のサロンを訪れたジョセフィーヌを占った時に使われていたと、同居していた占い師の女性によって語られたという記述もありますが、その女性の語っていることが本当かどうかも、調べる手が今となってはありません。

 

右の写真のルノルマンカードは、読み方も、シンボルもルノルマン プチ ジュ―とは別物と考えたほうが良いと思われるカードです。

 

これらを混同しないように、ここではルノルマン カードのプチ ジュ―をもとにご紹介していきます。

Petit Jeu

Jeuとは、ゲームなどを意味するフランス語です。

Petit Jeu とは、小さなゲームのことですが、このカードを実際に手にとって意訳すると「可愛いカード」「お洒落なお遊び」といった感じになります。

 

今までのタロットと違うところは枚数もそうですが、

やはり、洗練されたお洒落な点だと言うことができます。

 

しかし、プチ ジュ―だと言って侮ってはいけません。36枚のカードのジャクスタポジション(Juxtaposition)の1260通りを読み解いていくことで、知りたいことがかなりの精度で明かされていくのです。

 

 


1821ベルギー 投獄中
1821ベルギー 投獄中
ルノルマンとナポレオン 想像画
ルノルマンとナポレオン 想像画

マドモアゼル ルノルマンは、25歳までロンドンで過ごしたとされていますが、ロンドンでどんなグループに属していたかは、定かではありません。

フランス革命前の時代のロンドンと言えば、「黄金の夜明け団」などの魔術の秘密結社の前身となるフランスの思想家レヴィが生まれる前で、1736年に魔女狩りが公式に廃止された時期の直後なので、目だった動きがなくとも、アンダーグラウンドでの会合などがあったことは容易に想像できます。

マドモアゼル ルノルマンはこのような時期のロンドンで、魔術に関わりながらリーディングの精度を高めていったのかもしれません。

 

パリに帰って来てから、サンジェルマン デ プレの元老院に続くRue de Tournonに、サロンを設けてリーディングにいそしみました。

 

今でも、地代の高いこの地区に、マドモアゼル ルノルマンがサロンを持てた背後には、ナポレオンの妃であったジョセフィーヌの後ろ立てがあってこそとされていますが、彼女がなぜ成功していたのかには、他の理由があるかもしれません。

 

どちらにしても、マドモアゼル ルノルマンについての謎はついて回ります。

実は、謎に包むことで、彼女自身は守られたかもしれないと考えることもできると思われます。

 

詳しくは、「ルノルマンカードお話会」等でお話しします。

 

 

 

ジョセフィーヌの戴冠式の絵の前の筆者 ヴェルサイユ宮殿所蔵
ジョセフィーヌの戴冠式の絵の前の筆者 ヴェルサイユ宮殿所蔵

マドモアゼル ルノルマンを有名にしたリーディングは、まだ兵隊になったばかりのボナパルト ナポレオンの恋人だったジョセフィーヌに、「あなたは彼の妃になる」とリーディングし、その「妃」という名称から、ナポレオンが皇帝になることを示したことにあります。

 

貧乏な人から、皇帝に関する人たちまで、幅広い人たちのリーディングを行ったマドモアゼル ルノルマンは、フランス革命に関わったマクシミリアン ド ロベスピエールやレ ミゼラブルの革命の闘士のモデルともいえる、ルイ アントン ド サンジャス(セント ジャスト)などのリーディングを行ったとされています。

 

しかし、ギロチンにかけられるほどの政治家に、いったいどんな内容のリーディングをしたと言うのでしょう?

マドモアゼル ルノルマンの身は危険ではなかったのでしょうか?

何度も投獄されたルノルマンが無事に老齢で生涯を終えることができた背後には、いったい何があったのでしょう?

 

マドモアゼル ルノルマンの生きたフランス革命の時代をミュージカルとした「レ・ミゼラブル」
マドモアゼル ルノルマンの生きたフランス革命の時代をミュージカルとした「レ・ミゼラブル」

 

ジョセフィーヌとのナポレオンの結婚を占い、ジョセフィーヌの戴冠を予言したマドモアゼル ルノルマンは、時が経つにつれ、変化する関係を読み込み、2人の結婚の破たんを予言しました。

一介の占い師に離婚を示唆されたなどという恥をかきたくないナポレオンは、マドモアゼル ルノルマンを投獄。2人が公式に離婚するまで、獄中生活を余儀なくされたと言われています。

 

マドモアゼル ルノルマンの投獄はこの時だけでなく、フランス革命中も同様に投獄されており、罪状は「人々の人心を惑わす魔術的行為(ウィッチクラフト)を働いた咎で」だったとも・・・。

 

ジョセフィーヌが亡くなった後、スポンサーになる人がいなくなりましたが、占い師としては潤沢なお金や不動産を得ていたので、作家として本を著したりしましたが、こちらの方は、あまり人気が出なかったようです。

 

と、言うのも、まるでジャンケンの「後出し」のように、起きたことを小説風に書いていて、その出来事は自分がリーディングしたことだという、自己宣伝をしている内容だったからです。

ジョセフィーヌやナポレオンなどがクライエントだったということが信じられなくなってもおかしくないほど、あり得そうもないことが書かれていて、たとえば獄中にいたマリーアントワネットを、頭巾をかぶって変装してルノルマン自身が訊ねたなど、眉唾な内容が書かれていたからです。

 

また、フランス革命に関係した錚々たる面々のことも、もしかしたら作り話かもしれないと思われてもしかたがないわけです。

 

ルノルマン自身の著書と、彼女のことを書いた本や英語に翻訳されたものは、Googleの電子書籍の中に所蔵されているので、読むことができます。ただし、フランス語と英語です。

 

それが、このヨハン カスパー ヘヒテルです。

1771年5月1日~1799年12月20日(享年28歳)

 

ドイツ人ビジネスマン ノンフィクション作家,デザイナー。

パーラーゲームとしてのプチ ルノルマンのデザインをした。

 

このカードは、レディ シャーロット ゲストという 英国の翻訳家でビジネスウーマンの所蔵となったのがそのひとつです。

彼女は、陶器など美しいアンチークの収集家でもあります。

シャーロットは、へクテルの作ったルノルマンカードのプロトタイプを大英博物館に寄贈したとのこと。

大英博物館に行けば、初期のルノルマンカードを見ることができると思われ、実際に行ってみましたが、現在、印刷物はすべて大英図書館に移されたとのことで、ジョン ディーの魔法陣や水晶透視のためのクリスタルなどはありましたが、ルノルマンカードやタロットカードは展示されていませんでした。もっとも、レディ シャーロットの寄贈したカードは、ルノルマンが制作したものではありません。

 

養子となった甥の発見したカードは、その後、どうなってしまったのか

とても気になるところです。

 

絵画のよると、彼女はふつうのトランプのようなものを使っているのがわかります。いったい、どんなカードを使っていたのでしょう?または、カードは仮の姿で、彼女のサイキックな才能によってリーディングをしていたのでしょうか?


錚々たるクライエントたち




◆ シンプル!でも、驚くほどの結果が出るお茶会

 はじめのステップとして、お茶会にご参加ください。

東京、札幌を中心に、京都、函館、帯広、広島、高知、神戸、姫路そして静岡でも!各地のルノルマンリーダーたちが、楽しいお茶会を開いています。

未だ、お茶会を体験していない地区の方は、お声をかけてください。

近くのルノルマンリーダーが、カードをもってご訪問します。

お茶会で行う大人気のルノルマンカードの双六は、かつて「希望のゲーム」と呼ばれた遊びですが、このエキサイティングなプレーは、不思議とあなたの人生のパターンが一目瞭然になります。

 

詳細とスケジュールはこちら

◆ 個人リーディングのお申込みはこちら


■マドモアゼル ルノルマン式リーディング 対面*スカイプ*   マドモアゼル ルノルマンのリーディングのオリジナルな形式



1.トランプとプチ ジュ―36枚全開スプレッド

2.文献に従ったオーダーでタイムラインをリーディング

3.2,3種類のその他のリーディングとの組み合わせ

4.キーワードをもとにしたインタヴュー 等、コンビネーションによるインスピレーションが元になったサイキックリーディングです。  90分 30,000円 

◆ 講座の詳細はこちら

ルノルマンカードを4ステップで習得する講座の詳細はこちらへどうぞ。

この1年で、100名を超えるルノルマンリーダーが誕生し、お仕事にしている方が増えています。

 

今後のスケジュールはこちらからご覧ください。

◆ 講座終了後、講師として活躍したい方はこちら

現在、初級講師講座のみの認定を行っています。

2016年4月以降は、中級1講師の認定が始まります。

まだまだ、日本では馴染みの薄いルノルマンカードですが、今後ますます広がっていく傾向がみえます。ぜひ、早い時期に講師となり、多くの人たちに講習できるようにしておきませんか?

◆ パリのルノルマン・ツアーに参加したい方はこちら

講師やリーディングをする方にお薦めです!

 

ルノルマンカードを知れば知るほど、パリでルノルマンの足跡をたどってみたくなるものです。

マドモアゼルが住んでいたサンジェルマン地区に滞在し、ルノルマンカードの展示されているミュージアムで、カードの歴史を学んだり、カードリーディングの女神ともいえるルノルマンのお墓にお参りをしたり。

又、彼女の最高のクライエントだったジョセフィーヌや、宮殿に招いたと言われるマリーアントワネットの生活を肌で感じるヴェルサイユ宮殿等を訪れます。フランス革命の地から、明治維新の起きた日本に意識を向けると、今まで見えてこなかったことも見えてくるようになります。

 自由時間はセーヌ川のほとりを散歩するなど、時間を有効に使えるので大変喜ばれています。

 

2016年度のパリ・ルノルマンツアーの詳細はこちらからご覧になれます。


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